清春 旅と空想の美術館
小宮山道隆 アジア世界写真展 「インドシナ三国メコン劇場」 Vol.5
ラオスららばい写真展
初めてメコン河と対峙したのは91年の2月、ヴェトナムはメコンデルタ、カントーだった。対岸すら定かに見えぬ、茫漠とした巨大な流れを目のあたりにして、私はひどく肝をつぶしたものだった。しかしその水面へと小舟を漕ぎいれた途端、いつにない安らぎと心地よさを覚え、いつしか私はまどろんでしまっていた。
その後も私は「インドシナ三国」のラオス、カンボジア初め、タイや中国を足のおもむくまま気ままに彷徨(さまよ)っていたのだが、不思議といつも決まってたどり着いてしまうのは、メコンが大きく横たわる土地だった。
たとえどこで出くわそうと、大河は水を放埓(ほうらつ)にたたえ無言で横たわっていたが、いずれの地にも旅人を優しく温かく、ときには手荒に迎えてくれる、喜怒哀楽に満ち満ちた人間臭いぬくもりをしたたかに孕 (はら)ませていた。
その暮らしぶりこそは貧しかったけれど、人々はいたって明るく大らかであり、また義理人情にもことさら厚かった。動物たちは天真爛漫にふるまって、植物たちはのびのびと枝葉を広げていた。
それはメコン河が、その流域の生きとし生けるものすべてを、しっかりしっとり包み込み健やかに育んでいる、正に母親の“羊水”ともいうべき役割を果たしているからこそであり、また人も動植物たちも、その豊満かつ豊潤な水によって培われた生を、ひたむきに享受しているからこそに他ならなかった。
もう一度あの河面に小舟を浮かべて思うぞんぶん午睡に耽ってみたいものだ、と常々メコンへ想いを馳せている。
小宮山道隆
小宮山 道隆 ＫＯＭＩＹＡＭＡ ＭＩＣＨＩＴＡＫＡ
1983年 日本大学芸術学部写真学科卒業
ムツゴロウ動物王国スタッフカメラマン
1988年 フリーランスになる
1995年 写真展「越南(ヴェトナム)逍遙(しょうよう)」（銀座ニコンサロン）
1997年 作品集「越南(ヴェトナム)エレジー」（成星出版）
2001年 写真展「インドシナ三国メコン劇場」（北九州市旧門司税関）
2002年 写真展「ラオス メコン劇場」（銀座ニコンサロン）
現 在 広告・雑誌写真撮影にて活動中
日本写真家協会会員